小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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比較論(29)

東京と小樽(2)


東京駅丸の内口
東京駅丸の内口

東京メトロ新宿駅
東京メトロ新宿駅

都市ラビリンス
 小樽に住んでいる我々は、車や徒歩で市内を移動する場合、向かっている先が山か海か、あるいは札幌方面もしくは余市方面かということを、地形や方角から自分の位置を客観的に把握している。
 ところが、東京では地下鉄網が満遍なく整備され、目的地へ行くには、「○○線の○○駅で乗り換え、今度は○○線の○○駅で下車して○番ホームから地上にでる」と教えられる。そしてこの教え方が最も合理的なアクセス方法であることを実感する。生粋の東京人なら「昔このあたりはね」という変化も、東京のどのあたりかという客観的位置も把握しておられるが、東京に住む圧倒的な都民は移住者だし、ましてや我々のように地方から出向くオノボリさんであれば、地下ラビリンス(迷路)の看板や標識のみが唯一の手掛かりで、地形や方角などはハナっから把握できていない。ところがちゃんと指示(マニュアル)通りにアクセスすれば目的地に到達できる。

人工の街
 こうした比較から、東京は明らかに人工の街である。人工の街で生きていると、分業化された自分のポジションこそが自意識の核になる。それは他者に対する思いやりや優しさや正義感からはますます遠ざかっていく。同時に遠ざかる分の評論も心得ている。しかしどれもこれも文学や科学のジャンルに語られてきた常套句であるにもかかわらず、いかにも最もらしい響きに聞こえる術を心得ている。経営者はいても経済家がおらず、政治屋がいても政治家がいない。首都である東京こそが経済家や政治家がいるべきなのに、客観的・俯瞰的に位置を確認する視点が欠如している。過密を極め飽和状態になった都市の致命的欠陥といえる。

時代ラビリンス
 そもそも人間は自然に対応して生命を継承してきた。人間生活が継承される過程で歴史が刻まれる。歴史は生きて行くに当たって、生きることに懸命になる器の狭い人間に大事なものを思い起こさせてくれたり、未来に活かす教訓となったりする。
 そして歴史を塗り替えてきた主役はその時代の人々だった。しかし現代人は歴史の重みや、上から目線の教育に押しつぶされそうにじっと耐えている。なぜなら彼ら自らの潜在性を引き出す暇がないからである。次から次に時代は変わり、次から次に技術は進化するスピード社会に身を置く不幸に囲まれている。
 歴史を学んでいて現代史ほどつまらない対象はない。つまり歴史を塗り替えるほどのネタがないからだ。清濁含めて実につまらない時代のラビリンスにいるかのようだ。

忘却からの出発
 人工の街から脱出し、歴史を忘却した方がいい。そこから新たな人工のありようや、新たな歴史を刻むしかない。デジタル世界でデータをゴミ箱に捨てたり、ゴミ箱を空にしても、その捨てたデータは復活させることが可能だ。ところが既存のデータに上書きして保存をかければ過去のデータは消滅する。
 だから都市にせよ歴史にせよマジで新しい何かを創るには、分かり合える感性の者どもがそれを分かってくれる客層を創造し、分からない既存層の上に押し被せるという上書きをしなければ、都市も歴史も変わらない。
 同じ処にいる分からない者に、いくら年月を重ねて説明しても暖簾に腕押しで、挙げ句の果てには手なずけられたことに安住し、「別に変化を求めているわけでもない」などと逃げられるのがオチだ。
 都市も歴史も大事なものであるものにかわりはない。だからこそ既存の都市も歴史も捨て去ることから始めねばならない。
<写真提供 金子陽一氏>