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文化素材(7)

花柳文化


前面の二階建は迎陽亭(写真:『花園町史』)
前面の二階建は迎陽亭(写真:『花園町史』)

花柳
 広辞苑で「花柳」を引くと「遊里、いろざと、芸者や遊女」、「花柳界」は「芸娼妓の社会」とある。「芸妓(芸者)」とは歌舞音曲の芸を持つ女性をいい、「娼妓」とは遊女をいう。
 ここでいう「花柳文化」はあくまでも男女の一線を越えない、いわば「夜の楽しみ」についてふれる。
 また、あえて断れば「男」を対象とした「夜の楽しみ」についてである。

無駄と見栄
 夜の行動を見れば、男とは実に単純で無駄を弄し見栄を張りたがる生き物かと呆れもするが、この断言に古今東西異論を挟みようのないのもまた男である。
 夜、飲みに出かけると、チャームチャージなどという和製英語で○千円、カウンター女性のお飲み物代○千円、ボトルキープ○千円、フルーツ○千円、カラオケ○千円、目まぐるしく加算されて、しめて○万○千円となる。こんな世界に女性が客としていないこともないが、料金を支払うのは大体男である。
 昼間の仮面を剥いで、素直というより我が侭を振る舞うのだから、この我が侭代を「我が侭代」とも言えないから、最もらしい右記の料金加算システムにしているともいえる。だから「お勘定」といってみせられた金額に男が異論を挟まないのも肯ける。これが現今の男の夜の楽しみの大いなる一つだ。

いつから
 いつからといって、こんな店がなくても男の遊びの歴史には、こういう場面は常にあっただろう。ただ現今のクラブやスナックなどの遊びに満遍なく男が興じるのは主に戦後の高度経済成長以後である。おとなしく余財を観光や趣味に興じていればいいものを、ついこのような放蕩に溺れてしまう現象の歴史は浅い。「魚心あれば水心」というように、そもそも男にはこういう仕組みへの受け皿がある。

水心
 さて問題は魚心を抱く男ではなく、泳ぐ場を提供する店側についてである。本号「比較論」で取り上げた花園は、現在小樽の「夜の楽しみ」のメッカである。小樽花柳界の元祖が魁陽亭なら花園花柳界の元祖は迎陽亭になる。いずれも料亭であるが、見番から芸者が派遣されて殿方を遊んでくれていた。全盛期には芸者が500人もいたといわれるから盛況振りがうかがえる。なにせ小樽商人といわれる総資産数十億から数千億を持つ大金持ちが100人以上もいたのだから、湯水のように夜に散財されても不思議はない。
 遊ばせ方なのである。もともと魚心を抱いて出かけるのだから、以下文句ではないし愚痴でもない。また騙される奴がいるから騙す奴がいるという需要と供給などを語る固い話でもない。

百歩譲らず
 百歩譲ってそれでも「まあいい」とは思っているが、ここでは百歩譲らず、かつて殿方を楽しく遊ばせる芸と機微を身につけていた人々がいた事実を笠に着て記す。「願わくば」という儚い願いでもある。
 たとえばカラオケ。客が歌って200円加算されるより、うまい歌を聴けば500円でも1,000円でも払うし、チップ感も沸くのに、店員でそういう方に巡り会ったことがない。「イケルナ」と思い、相応しい曲をリクエストすると「次回まで練習しておきます」といわれ、次回もまた同じくあしらわれる。「ナメトンノカ」とは言わないが、プロなのに「もったいない」と言いたい。
 たとえば会話。新人女性だとむしろ客が気を遣う。本末転倒だ。
 たとえば連れとの会話。酒を肴に普段話せない本音を語り合っているのに杭を刺すように「難しい話をしてないで歌って飲みましょう」とは余計なお世話だ。
 たとえばホステス差し替え。客の気遣いからせっかく相性を探し当て、これから佳境に入ろうとすると、差し替えで別な女性に飲ませなければならず、金魚すくいの皮が破れてしまう。
 早い話、男は「いい気に」なれれば「まあいい」と思い、「またいこ」で元気になれるのだ。