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比較論(27)

博多と小樽


博多どんたく・花自動車のパレード<写真提供:福岡市>
博多どんたく・花自動車のパレード<写真提供:福岡市>

二極性
 現在は福岡県福岡市博多区として「博多」という名は残っているが、この地区は政治的「福岡」と経済的「博多」の二極性を持つ。博多は中世から宋との貿易が行われ、平安時代末期から「大唐街」と呼ばれる宋国人街が形成された国際都市となり、1161年に平清盛により日本初の人口港「袖の湊」が建設されたことから、日宋貿易はますます盛んになった。博多に居を構えた宋商人は「網首」と呼ばれ、栄西(臨済宗)が博多に創建した聖福寺開山などを支援している。この時期に僧によりもたらされた茶・饂飩・蕎麦・饅頭は日本での発祥といわれている。関ヶ原の戦いで1601年に黒田長政が福岡城を築造した段階から、町人町博多と城下町福岡の二極性が生まれてくる。

政治性
 博多はそもそも宋に近いという地の利から商いの拠点として発展し、平清盛の政治もそれを支援してきたが、江戸時代の黒田家の移封により、政治がかぶさってきた形である。
 小樽もまた、天然の良港であったことから北前船などの寄港地となり、開拓使が本府と決めた札幌に最も近いという地の利から小樽港を支援してきた。つまり平清盛同様、政治が経済を支援してきたことになる。ところが、第二次大戦の頃、統制経済により明らかに政治が経済を統制したことに端を発し、小樽の経済発展の条件が失われ始めていく。政治の方向性により経済性が失われた格好だ。
 政治を安定させるための機能を担う経済を、今度は政治の都合で経済を犠牲にする不条理が見えてくる。

祭祀性
「博多どんたく」でいう「どんたく」とはオランダ語の「休み」の意からきているが、俗に土曜日の午前出勤を「半どん」という言葉にも派生している。しかし「休日」という言葉が定着して以来、「どんたく」は「博多どんたく」という祭りの名のみに閉じこめられた。
 また「博多どんたく」は「福岡どんたく」といわないことでも分かるように、商い環境への感謝の意から発生したといわれている。平清盛の「袖の湊」への感謝も込められているからだ。
 一方、小樽では「おたる潮まつり」がある。これも小樽の経済や文化は「海」から始まったことへの感謝からきている。そういう意味では歴史的スパンでは比較にならないが双方の祭りの主旨は同じといえる。

国際性
 福岡も北海道も支店経済といわれるが、同じ支店経済であっても、福岡の国際性は、日本の地方の国際性の中でも群を抜いている。
 福岡空港からは18都市(千歳9)への国際便が334便(千歳19)飛んでおり、27ヵ国の外国公館があり(札幌5)、19の外国政府等関係機関(札幌5)、52,000人の外国人登録者(北海道14,400人)、2兆8千億円の輸出額(北海道4,127億千)、1兆6千億千の輸入額(北海道1兆7千億円)、427社の進出外国企業(いずれも2010年統計)が活動している。
 来るべき地方主権を考えれば、地方が独自に国際性を持つことを視野に入れる必要がある。政治的な姉妹都市を経済交流や文化交流に具体的につなげることは勿論、経済や文化の視点で、国際的な関係をどう構築していくかを講じる時期といえる。