小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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比較論(26)

タイ・バンコク「パッポン通り&タニヤ通り」と小樽


パッポン&タニヤ通り
 タイの首都バンコクの歓楽街がパッポン通りである。ベトナム戦争の際にアメリカ軍兵士が休暇を楽しむために形成された。また隣接するタニヤ通りは日本人駐在員が多く利用することから、日本語の通じる店も多く日本人観光客も多い。

活気
 何と言っても夜の活気は前号ニューオリンズのバーボンストリート同様であるが、明確に違うことがある。無秩序なのだ。店を出す以上は客が欲しい。だから客に受けることなら何でもする。この素直さがオープンに発揮され、歩く者に笑いと興奮を与える。
 パッポン通りの特徴は、通り沿いにバーなどの飲食店をメインに様々な商店が並んでいるが、夜間は歩行者天国になり、車道に3列で端から端までテントのブースが出現する。夕方になると一斉に軽トラで搬入が開始され、あっという間にブースのモールが完成。
 夜の8時過ぎには立錐の余地がないほど買い物客で埋め尽くされ、その半分くらいが日本からの観光客である。小樽で昭和53年から17年間開催されたポートフェスティバルが毎晩あるような活気である。

買い物
 「シャッチョサン、シャッチョサン、ヤッスイヨ」と、誰が教えたか日本人なら喜ぶらしい呼び名の「社長さん、安いよ」が店先から連発される。通りにもいわゆる客引きがいて、いきなり腕を組んで「ロレックス、ブルガーリOKヨ」と誘ってくる。それじゃと思い、「ナンボ?」と聞くところから今度は価格交渉が始まる。大阪人でなくとも言い値で買う者はまずいない。結果的に複数買うと言い値の2割にまでなるくらいの幅がある。
 ただしブランド品に関しては本物と見間違うほどコピー。だから装飾レベルで値踏みした方がいい。デザインTシャツや短パンに至っては200円からある。

パッポン通り周辺
パッポン通り周辺
飲食店
 沿道の飲食店の多くはオープンで入口が店舗幅全開で店内の雰囲気が丸見えだ。ほとんどはギンギンのロックバンドに合わせて多くの踊り子が舞う。オープンカフェでアメリカ人がビールを飲む風景は当たり前。アメリカ人は成金の日本と違って、遊びの金の使い方が合理的だから、客引きが声をかけるのは専ら日本人。だがアメリカが仕掛けた歓楽街であるので決められた金額は日本感覚からみて極めて安い。

閑散とした小樽の花園
閑散とした小樽の花園
日中と夜間
 簡単にバンコク歓楽街の活気を記したが、小樽の花園は閑古鳥が鳴いている。30年前の人口18万人の頃には花園だけで800軒近い店があったが、現在は約その半分もあるかどうか。バブル崩壊の最終段階が平成9年の拓銀破綻といわれているが、これ以前は花園も大いに潤った。基本的に日中経済の発展が夜間経済を潤すから、小樽の夜が寂しいのは小樽の産業が退潮傾向であることを示す。ところがバンコクの歓楽街はバンコクの日中の景気にあまり左右されず、その客の多くは観光客なのがおもしろい。

学ぶべきは
 バンコク歓楽街の「なんでもあり」の無秩序の原動力はハングリーだ。小樽でこのハングリーを求めても多分無理だ。しかし観光で成立しているパッポン&タニヤ通りから学び取れるのは、小樽には年間60万人以上の観光宿泊者がいて、宿泊するからには夜も楽しく過ごしたいニーズを抱いている事実である。60万人がもてあそぶ夜間の5時間を掛けると年間300万時間(市場)を小樽は棒に振っていることになる。「夜を楽しく過ごしたい」膨大なニーズは確実にあるのだ。「60万人しかいない」と宿泊率が伸びないで悩む時間があったら、「60万人もいる」市場を大事にすべきだし、「この夜があるから小樽に泊まる」くらいの夜のブランドを創出できるのではないか。
「小樽雪あかりの路」は小樽観光は冬と夜に弱いことから考案されて年々入り込みを増やし、前後の2〜3週間の宿泊客は確実に埋まっているという経済効果を生んだ。やればできるという事例があるのだから、智恵を出し力を合わせて、観光客が喜ぶ小樽歓楽街づくりがあってもいい。
「人は遊びたいから仕事をする」という俗な本質を今一度考えるときだろう。

ユーチューブでパッポン通りの映像が見られる
http://www.youtube.com/watch?v=9wEEvUHh9r4&feature=related