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帰化人(29) 小樽こだわりのライフスタイル

アジアの中で最も期待の持てる街
宮本  融 氏


エリートコース
 昭和40年東京生まれ、平成2年東京大学法学部政治コース卒業後、通商産業省。生活産業局総務課を振り出しに、同局原料紡績課総括係長として税制改正で自民党型の政策決定過程を経験、貿易局貿易保険課総括係長で特別会計の表と裏を学ぶ。環境立地局地球環境対策室長補佐として年間90日以上の海外出張を経験し、条約作りの裏舞台を経験。産業政策局で、橋本龍太郎政権の行革チームの一員として働いた後、通商産業省の留学制度であるJETRO研修生として平成9年米国タフツ大学フレッチャー国際法・外交政策大学院修士に留学、平成11年5月に帰国。基礎産業局化学物質管理課課長補佐として復職するが、国際政治学への志やみがたく退職し、私費留学で再びタフツ大学の博士課程へ進学。平成13年5月博士課程修了で論文に挑む最中に9・11同時多発テロの事件勃発。本人はアメリカを拠点に国際環境問題に挑もうとしていたが、ゴア副大統領の敗北後、NGOや研究機関から政権入りしていたスタッフがワシントンの研究機関に大量に就職したことに加え、テロ後外国人の就職環境が悪化する中で、悩んでいる時に、北海道大学から声がかかり、平成14年8月北大大学院法学部研究科も。平成17年4月北大公共政策大学院特任助教授となる。
 多少の狂いはあったにせよ、ここまではまさにエリートコースを歩まれた。

転機
 平成21年衆議院選挙が迫った頃、宮本氏に出馬の誘いがかかる。背景はこうだ。前回の選挙では民主党が自民党と伯仲するほど票を伸ばした。北海道では民主党王国といわれるほど民主党圧勝であった。これを憂えた道内選出の国会議員が東京の自民党本部へ相談に出向く。既に自民党本部には宮本氏のカードが懐に温められ、どの地域に降下させるかが検討されていたという。彼らに示されたカードが宮本氏であった。北海道開発局などの審議会などで既に宮本氏を知っていたから、「そんなに身近にいたとは」ということから、北海道4区からの出馬の打診が宮本氏に舞い込んだ。
 自民党本部が提出したカードが宮本氏自身の意向も含めたものであったかどうかはわからない。しかし当時の宮本氏はこう思っていた。「この世には自分として選択し得る3つの世界がある。研究、行政、地べただ。地べたなき研究も行政もない」そして自らに欠けているのは「地べた」であること、「これを経験し学びたい」と。エリートコースや保証されたレールなどに一顧もしない純粋さと潔さはこのオファーを受けてしまうのだ。
 むしろ「現場を知らぬ研究も行政も計画もない」という確固たる人生哲学が、この道を選ばせたことになる。

小樽へ
 平成20年8月大学退職後、地盤の小樽へ移住。「結果的に自分の不徳の致すところで負けてしまいましたが、想定内でした。そんな簡単に地べたでは認めてもらえるとも思っていません」と実に少年のように明快だ。
「小樽に居を構えて3年半経過しました。これまで実に多くの方々に出会う機会に恵まれましたし、お世話になっています」と語る宮本氏に、志は国政や外交にあると思うが「小樽への印象は?」と聞いた。
「僕なりの国際的視点で言わせてもらいます。日本はアジアでも先端を走っています。真っ先に高度経済成長を遂げ、近代化して先進国の仲間入りをしましたね。次に日本の中でも北海道は豊かです。というのは、自然はもちろんですが人智や勇気についてもです。なぜなら魚の旨味と同じで、温暖地域より寒冷地域は寒い故に頑張るのです。そして僕は地球温暖化の研究や行政にいたので、温暖化前線が次第に北上していることも知っています。そうすると日本でも頑張っていこうとする比重が最も高いのが北海道なのです。そしてその北海道でも豊かな歴史文化を持つのは函館と小樽です。特に小樽は札幌には目と鼻の先です。だから小樽はアジアの中で最も期待できる地域だと考えています」なんと明快で科学的な視点かと驚いた。しかもグローバルな論拠で小樽のポジションを見抜かれている。 

しかし
「そんな可能性と期待が寄せられる小樽であるにもかかわらず、小樽は高齢化し、交流を遠慮し、IT活用の兆しも薄く、新たなものを創造していく人材や土壌が乏しというのが実態です」とギャップを指摘し、「そして帰化人はもとより転勤族のように外部から住み着いた人々は皆、僕も含めて小樽が一つになれないことを憂えています。つまり、交流を試み、IT活用を研究し、新たなものを創造しようとする芽は、実は小樽の現場にあることを皆確信した上での指摘です。だからこういった芽を深めると同時に、実は支援する土壌改良も大事だと見ています」と心当たりのある示唆をする。

だから
「僕は新たな現象が既存で当たり前になっていく社会の研究をしてきました。たとえば煙草が日本に普及してきたときは、様々な種類の煙草が開発され、次第に洋煙もラインナップされ、女性喫煙家も増え、パッケージもデザインが洗練されてきました。ところが現在、環境や健康などの問題を重視する傾向が生まれ、公権力が禁煙化措置を講じます。だから〜煙草はあなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます〜という決まり文句が書かれるようになっていますよね。どこにそんな逆効果のコピーを記す商品がありますか。煙草だけですよ。次にマスコミがこの風潮を演出し、次第に法律で言わなくても、人々の倫理に禁煙が埋め込まれていきます。こうして社会現象というのは変化していきます。だから、小樽のクリエイティブな素材や人材の運動が高まれば、公権力でこれを推進する政治が必要です。次にそれが当たり前化する土壌改良を行政やマスコミがしていく誘導が大事だと僕は考えています」
 実におもしろいと思った。これが「小樽が一つに」という政治学なのかもしれない。