小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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地域資源活用ビジネス(30) 小樽独自のビジネスモデル

株式会社小樽かね丁鍛治
代表取締役 寺井  聰 氏
〒047-0036 小樽市長橋5-2-6
TEL:0134-25-3500
FAX:0134-33-0667


経緯
 株式会社カネツ栗原恒次郎商店は、1914(大正3)年に富山県新湊海老江から渡道し、小樽で海産物商として創業。一方、株式会社鍛治商店は、1917(大正6)年に富山県高岡市から渡道し、小樽で水産加工業として創業。この鍛治商店が近年破綻し、管財人を通して、栗原恒次郎商店が現在継承されている。ちなみに、小樽の歴史ある食品加工としての飯寿司は鍛治商店が一番歴史が古く、戦後栗原商店も飯寿司製造を始めたが両社は60余年以上に渡り商圏の重複もなく現在に至った。かつて鍛治商店から仕入れた飯寿司を栗原商店が販売していたが、昭和20年からは栗原が独自に加工設備を持ち、鍛治とは異なる市場(青森・函館・釧路・帯広など)に出荷している。したがって現在は栗原の出資により、鍛治の名称を残して改称した形で再開し、現在もカネチョウ・カネツ両ブランドの飯寿司は健在である。
 社長には、栗原恒次郎氏の孫にあたる寺井 聰氏が陣頭指揮を執っている。
 ほかに、有限会社ときわ乾物の社長も務められ、栗原・鍛治・ときわのグループで、グループ内相互の売り買いを除いて年商9億5千万円、鍛治で年商3億6千万円をあげ、外貨率は平均して7割を越える。

地産外商
 地産地消は旬のものを運搬経費をかけないで食する利点があることや、地域内経済を回流させるという意味で、今後大事な考え方でもある。しかしその対象の多くは第一次産品、つまり素材の状態で、たとえば生魚、生野菜で地産地消は合理性を発揮する。
 ところが加工品の段階になると話が違ってくる。つまり素材が豊富にある地域にいると、新鮮なので魚なら「刺身か焼いて食うのが一番旨い」という価値観が根付いており、加工したものの多くは、素材が豊富でない地域に流れるからだ。素材が豊富でない地域は加工した味が当たり前なのだ。
 したがって食品加工の多くは、地産外商という外貨獲得(市外への販売)の役割を担う。

小樽かね丁鍛治
 新生の小樽かね丁鍛治のコンセプトは地域(後志)で獲れた素材を加工することだ。ニシンの飯寿司や数の子が2本柱で、2010年から「ニシンのきりこみ」「寒干し棒たら炊き」「子持ちにしん群来巻」、2011年から「小樽にしん丼」など続々とラインナップされている。
「子持ちにしん群来巻」は2010後志水産加工品ブランド品評会で最優秀賞を獲得、また「ニシンのきりこみ」も余市町賞を受賞している。
 現在約100種類の商品形態を擁し、地産外商で小樽の味の普及につとめている。

食産業構造の変革
 北海道は食糧自給率200%だが、この利点が活かされていない。農家が収穫、漁家が漁獲した第一次産品を安価のまま出荷し、主に札幌や本州の大消費地に向かう。この過程では卸・運搬・小売・調理の全ての利益が生産地ではなく都市に落ちる。だから北海道の食産業は厳しい。事実大消費地(東京・大阪・名古屋周辺)にはこの国の人口の半分以上が生活しているから、都市に社を持つ卸・運搬・小売・調理部門が圧倒的に多い構造になっている。
 北海道はもとより小樽は、労働人口の半分が食関連の産業に従事していることからして事実上の基幹産業だ。できるだけ小樽で加工し、小樽から販売し、小樽で食べてもらえる観光との緊密化が最も大事な経済政策だ。
 小樽かね丁鍛治はその一端を充分担っている。小樽には約13万人の消費者がいるが、地域経済を考える消費者は、関連産業に従事する半分もいない。生産者は消費者を思い、消費者も生産者を思う視点が必要だ。この視点の中に共存する地域経済がある。関連産業が核となり、経済界が支援し、行政も支援するネットワークづくりが必要だ。
 もし、北海道や小樽の食産業が下降線をたどれば、ますます人口が減り、経済は縮小する。小樽にとってそれは背水の陣といえる。