小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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地域資源活用ビジネス(27) 小樽独自のビジネスモデル

有限会社 カラットマリンシステム
代表取締役 菊地  透 氏
〒047-0008 小樽市築港5-2
TEL:0134-25-3227
FAX:0134-25-6452
E-mail:caratsys@an.wakwak.com
http://caratsyc.info


菊地 通氏
菊地 通氏

海は文化の宝庫
 菊地氏は少年時代からずーっと海を見続けてきた。
「僕はこれまで37ヵ国、その多くは海のある国々を見てきました。仕事は別として、海をライフワークのステージとしてとらえているヨーロッパの考え方に、とても魅力を感じています。もちろん海洋レジャーの先進地ですが、彼らは海を大事にします。それは海が文化の宝庫であることを確信しているからです」
 日本人は器用な民族だ。アジアでいち早く近代化し、軍事化し、資本主義化し、経済大国化し、技術大国化してきたことでもわかる。先進性を取り入れる器用さは天下一品だ。しかしそれらは文明である。いわば文化が欠如している。器用なFAST志向の影でFIRST志向をないがしろにしてきた。だから日本人にとっては海もまた単なるレジャーの土壌でしか見ない。まして小樽は海の文化で発展してきたのに、海に日頃足を向ける傾向が皆無に近い。文明だけを見て文化を見ないことを残念に思う。
 菊地氏はそういう人である。

経歴
 1958(昭和33)年に美唄で生まれた菊地氏は、海に憧れ旧小樽海員学校に学び、1974年日本郵船に入社し貨物船に乗り込み世界を旅した。1978年にオリンピックのヨットを製造しているパフォーマンスセイルクラフトジャパンに入社し造船技術を学び、1982年にGHクラフトに入社しFRP加工技術を学び、1987年にダイヤモンドセールメーカーズジャパンに入社し帆のメンテナンス技術を学んだ。この過程でもわかるようにヨットやクルーザーに関する徹底した研究を現場で蓄積してきた。
 そして1991年に小樽で自らカラットマリンシステムを立ち上げ、小樽マリーナや祝津マリーナではきめ細かなメンテナンスを行い、小樽の海を舞台にして、海を活かす運動を積み重ねている。

操舵
 船のメンテナンスばかりではなく、自ら操舵し、数々のヨットレースでも受賞をしてきた。1980年レーザー全日本選手権3位、1984年鳥羽パールレース総合完全優勝、1989年ケンウッドカップクラス優勝、1991年ジャパンカップ総合優勝、コルムカップ優勝、2005年8mR-Euro vintage classヨーロッパチャンピオン、2007年8mR-Euro vintage classワールドチャンピオン。そして1998年ニッポンチャレンジ日本一周キャンペーン艇長、1998年太平洋横断最速記録更新達成などの記録も保持する。

子供達に海を
 北海道セイリング連盟から浮き桟橋を長期貸与し、小樽築港ベイエリア委員会にて、子供達が安心して海で遊べるようにしたり、毎年7月の海の記念日には500人以上の子供達に海の体験や学びを提供している。
 そもそもヨーロッパのハーバーの由来は、子供にヨットを教える施設として生まれ、それを大人にも普及してきたという。しかし日本は前述の通り、大人が遊べる果実のみを輸入してよしとしている。

Bay Otaru号
Bay Otaru号
運河クルーズ
 さらに菊地氏はいう。「小樽には小樽海上技術学校や水産高校がありながら、彼らが働ける場がない。僕はかつて運河を守る会の峯山会長から、運河を活かすのはあなたがた若い人達の出番と諭されました。すでに観光運河となってしまった運河ですが、僕はなんとかして運河を楽しむメニューをどんどんつくっていきたいと考えています」
 そんな菊地氏が手がけたのが「運河クルーズ」。オランダ調の小樽運河に合った総ヒノキ造の「Bay Otaru」に小型エンジンを搭載して、2009年7月から運行、この3年間で4,000人以上の人々を載せてきた。
 そして今後も「そこでサックスやバイオリンなどを奏でてライトアップされた薄暮の運河を航行できれば」と次から次へと夢が芽生えている。