小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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COLUMN

風評
編集人 石井 伸和


実体経済と金融経済
 ご存じだろうか。世界の中で、第一次産業・第二次産業・そして第三次産業の商業・サービス業で動く実体経済の額が、金融や証券などで動く金融経済の額と比べてどのくらいなのかを。全体を100とすると実態が多くて5%で他の95%は金融だそうだ。銀行がシステム的に架空のお金を作り出せる独自の機能を持っていることもあるが、俗なものいいをすれば「汗して働いた報酬がそんなもんかい」と唖然とする現実である。
「では金融経済とは」と考えると、実体経済を支援したり、実体経済の人気投票をしたりしているわけで、実態なくして金融は存在しない。つまりたった5%のために95%が存在するというからくりになっている。

現実と夢
「苦尽甘来」という中国の格言がある。苦しみを耐えれば甘みを味わえるという意味だ。つらい現実の向こうに人は夢を見るし、現実がつらいほど達成感はみなぎる。現実で蓄積した資産を元に夢の実現に向かえる。強いて言えば、実態が現実で、金融が夢と考えれば合点もいく。いわば人の心の投影が経済のからくりをつくった。

筋肉と贅肉
 日本史上記録的な震災が起きた。東日本大震災である。誰もが戸惑っている。被災地でない人々もである。無論、被災地の人々の苦労には比ぶべくもない波及でしかない。
 たとえば公共広告機構(AC)の広告はいう。無駄な電気を節約し、無駄なメールや通信を控え、無駄な買い物を控えよと。何度も何度も繰り返しだ。日本全国自粛ムードだ。トカゲのシッポ切りのように、観光や歓楽やアートに風評では片付けられないほどの自粛津波が襲っている。
 たとえば、この度の被災地において電気や資源が不足するから、その分を控えよというなら当然だ。そうではなく何から何までというニュアンスには疑問を抱く。
 商売を営む側にとって無駄の節約は鉄則とはいえ、消費する側にとって無駄は夢だ。それを否定する権限は公共とてない。贔屓目に見て、無駄を経済の贅肉とすれば、贅肉を削ぎ落として筋肉質にせよとの暗示とも、うがって受け取れる。ならば筋肉質にした体の使い道を示せ。災害は同情では救われぬ。同情を煽るより元気を煽るべきではないか。

風評
 実態があるから金融があり、現実があるから夢を持ち、筋肉があるから贅肉が許される。実態がなければ金融は博打となり、現実がなければ夢は寝言となり、筋肉がなければ贅肉は動かない。この人間社会のメカニズムの矛盾や誤解から風評は生まれる。
「事件は現場で起きる」のに、事件に影響を被る側の都合で別な風をでっちあげる、いわゆる問題のすり替えだ。風評はここで生まれる。最悪の事例は戦争だ。彼の地で命をかけて戦う凄惨さを、机上の政治が都合良く使うのは、古今東西稀ではなかったように。
「答えは風の中にある」とボブディランは歌った。風評はそんな粋なポエムではなく、ゲスの勘ぐりを化粧させた表現にしか過ぎない。