小樽の皆さま、小樽出身の皆さま、小樽ファンの皆さまへ! 自立した小樽を作るための地域内連携情報誌 毎月10日発行
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バックナンバー記事ランダムピックアップ
地域資源活用ビジネス(31) 小樽独自のビジネスモデル
経 緯
 山本一彦氏は昭和44年に余市で生まれ16歳で小樽へ。ダンスホールや建設屋に勤務し、22歳の時に八百屋に勤務となり今日の業務の契機をつくる。23歳で余市合同青果の業務の一環で、小樽のシーポートマーケット近くでメロンの販売を手がけると同時に、北海道山港物産株式会社を設立している。この頃には小樽港マリー・・・

今の小樽駅の初代駅舎(撮影当時は中央小樽駅)。 3人の駅員の左後方に電話ボックスが見える。 『北海道鉄道国有紀念写真帖』 (1908=明治41年4月発行。市立小樽図書館蔵)より
今の小樽駅の初代駅舎(撮影当時は中央小樽駅)。 3人の駅員の左後方に電話ボックスが見える。 『北海道鉄道国有紀念写真帖』 (1908=明治41年4月発行。市立小樽図書館蔵)より
意匠(32)
 10月号において、少々誤解されていることもあるので、僭越ながら、著者と協議し代わって再論します。
 同号総合史にあるとおり、小樽での電話開通は1900(明治33)年4月1日。同時に小樽電話交換局内に・・・
文化素材(14)
時代の波
 現在のこの国は大きな境目にある。今日の我々に共通する悩みは、「新たな文化があれば」という前向きなものより「お金があれば」であることはいうまでもないように、いわゆる経済のありようが大きく変化しようとし・・・

編集後記
 年末年始、年を刻むのは早いものだと感じ、自らの若い頃に思いを馳せた。今も変わらないが「大好きな小樽をおもしろい街にしたい」という夢を持った若輩だった。幕末に高杉晋作が「おもしろきこともなき世をおもし・・・
養殖池
養殖池
地産(36) 後志でなにが生産されているの
野村商店は漁業から
 野村家の祖父、甚作さんは古平町で昭和初期、漁業を営んでいたが、この頃、鰊漁も衰退期となり、漁業からニジマスの養殖業に転換した。昭和の初期はまだまだ養殖業が少なかった時代。チャレンジ精神旺盛の祖父で、・・・

南防波堤建設状況<小樽市総合博物館蔵>
南防波堤建設状況<小樽市総合博物館蔵>
インフラ(10) 地域のためになくてなはらないものたち
大正期小樽港湾年表
明治42年 平磯町〜若竹町海岸沿いの埋立工事竣工
明治42年 小樽港公有水面第一期埋立起工は8月31日まで延期許可
明治43年 小樽港鉄道院埋立速成同盟会結成
明治44年 第二防波堤を南防波堤・島・・・
制作作品
制作作品
アーティスト(11)
略歴
 1984(昭和59)年札幌生まれの田将平氏は、小樽水産高校を卒業後、上京して約2年半デザイン事務所に勤務する。以後帰樽し自宅から札幌のデザイン事務所に勤務していたが、2012(平成24)年、岡川薬・・・

工房看板
工房看板
アーティスト(12)
動機
 前田氏は昭和23年に小樽で生まれ市内の建設会社に勤務していたが、歴史に興味を抱き、趣味で小樽の歴史的建造物の細密画を描く中で、歴史最古の縄文時代に思いを馳せるようになる。そのキッカケになったのは小樽・・・
インフラ(17) 地域のためになくてなはらないものたち
朝里ダム
 朝里川温泉から定山渓へ抜ける通りは、道道1号小樽定山渓線、通称「ゆらぎ街道」「定山渓レイクライン」という。北海道初のループ橋(朝里大橋)は朝里ダム建設と同時に造られた。
 これら一連の朝里ダム・朝里・・・